ふと気づくと私は薄暗く寒々しい場所にいた。
はて、私はたしか春の伊豆を自転車ツーリングしていたはずなのだが…。
あたりを見回していると声をかけられた。
「ヨモツ国へようこそ。この先、地獄極楽トレイルへゆかれる方は無料講習会を受講することができます。約6時間の充実の内容です。
トレイル挑戦者を応援するショップを目指しておりますのでどうぞご利用ください。現実的な状況に即しながらわかりやすく丁寧に説明いたします。
トレイルをゆくのに必要な旅の技術の各要素を対処できるようにしておけば、行動力のある人は更に活発に、体力があまりない方や初心者の方は破綻の確率を減らすことができます。」
私は案内されるがままにある部屋へと入ったのだった。
おはようございます。かるがもです。
とんでもないことになってしまった。
どうやらここは俗にいうあの世というところのようだ。
講習の内容だが眠気がひどくてよく覚えていない。
だがおそらく問題はないだろう。そんなに重要なことは言ってなかったような気がする。
私はこれまでに数々の探検で強靭な体力とアウトドア能力を証明している。トレイル挑戦の基礎としては十分すぎる。
「ついにゆく道とはかねて聞きしかど昨日の今日とは思わざりけり」
これはかの在原業平が詠んだ和歌だが、まさに今の私の心境だ。
いつかはとは思っていたが、まさか今こんなときにとは思ってもみなかった。
何の因果か自分の意志や都合とはまるで関係なしに突然JGT(地獄極楽トレイル)に挑まねばならないこととなってしまった。
いきなりはじまる急登。単調な道をただゆく。歩き続ける以外にやることがない!
薄暗くさみしい山道を何日もしゃにむに歩き続けた。
その距離3200㎞。
ようやく川が見えてきた。
どうやらこの川が世に聞く三途の川らしい。
ここで役人に書類を提出する。入国届けには適当に職業を書いておいた。
特に何か言われることはなし。
ずいぶん長く歩いてきたと思ったがまだ初七日のようす。
現世とは時間の流れが違うのだろうか。
渡し舟の運賃は片道六文。ひょっとするとタダかと思ったがなんと有料だった。
この船に乗らないと渡渉ポイントを自ら探さねばならない。その場合には命がけの渡渉となる。
賽の河原では幼い子どもたちが泣きながら石を積んでいた。
いい感じに積み上がったところで鬼がやってきて蹴り崩す。
かわいそうに思ってみていたのだが、どうやら適当なところで頃合を見てお地蔵さまが助けてくれるようす。
川を渡る前に奪衣婆に着ていた衣服を剥ぎとられてしまった。このクソババめ!
奪衣婆が剥ぎとった衣服を横にいる懸衣翁とかいうジジイが木に引っ掛けて、これがお前の罪の重さだでんでんなどと言ってくる。
何のためにこんな嫌がらせをされるのかまったく理解できない。
なんとか無事に三途の川を越えて、ようやく裁判所までやってきた。
裁判は週1で7回、全部で49日かけて行われるようす。
有名な閻魔大王は5週目。
閻魔大王だ。恐ろしい形相で私をにらんでいるが、私がいったい何をしたというのか。
今のところ、そこまで悪いことをした覚えはない。
閻魔様は顔も怖いが体もデカい。机をバシバシ叩きながら、雷のような声で怒鳴るものだから、私はてっきり怒られたのだと思ってしまった。しかし閻魔様の話をよく聞いてみると、食べ物や水は大丈夫かと言ってくれていたのだった。
「おい、お前!疲れてないか?こんな遠くまでよく来たな!食べ物はあるか?水はあるか?ええ?ないならくれてやるわ!」
たぶんこんな感じだった。
いやあ、私の単なる勘違いで本当によかったよかった。
閻魔大王の話を聞いてる間、暇だったので懺悔帳をペラペラとめくってみると人間たちが懺悔を書き込んでいた。
おい!おやさいたべてるか!
どうやら六道の辻というところに送られることになった。
六つの鳥居から好きなところを選べるが、結局はゆくところは決まっているとのこと。
なんだそれは!いったい何の意味があるんだ!
さーて、ではJGT(地獄極楽トレイル)のお楽しみ、六道輪廻のはじまりだ!
まずやってきたのは餓鬼界。
一見キャンプ場のようで楽しそうに見えるが、何かを食べようとすると口に入れる直前に火になったり腐ったりしてしまうようで大変そうだ。
ここでテントを張って一泊しようかと思ったがこれはイケない。食事がとれないようではこの先歩けなくなってしまう。もう少しがんばって次の世界へ向けて歩くこととした。
次の世界は阿修羅界だ。この世界では人々はみんなピリピリしていて争いが絶えない。
まさに世紀末。暴力が支配する北斗の拳のような世界だ。
まったく安らげないのでこの世界もさっさと後にすることとした。
ここはついこの間まで私がいた人間界。実はこの世界も苦しみのひとつだったようす。
確かに人間界もそんなに楽ではなかった。
生老病死、愛別離苦、怨憎会苦…私も四苦八苦しながら適当に生きてきた。
畜生界。礼節を知らず働かず食って寝るだけだった人間は畜生界に落とされてしまう。
畜生界は動物たちの世界。動物の世界は確かに弱肉強食で過酷だが、良い家の飼い猫にでも生まれればそれなりに気楽に過ごせるかもしれない。渡り鳥になって旅をするのもいいな。
意外と夢がある。
畜生界を後にして天上界にやってきた。
ここは花と音楽の中で美酒に酔い天女と遊ぶというまるで天国のような世界だが、けして極楽ではないらしい。
天上界の生活にも終わりがあり、それまでが天国すぎるために終わりを迎えるときは下手な地獄よりもきついとその辺を歩いていたおじさんが言っていた。
5つの世界を歩いてきた私の先に地獄界への入り口が見えてきた。
私は地獄へ送られてしまうのか…!
ガタガタ震える私を哀しそうな顔で見る付き添いの鬼の目にはうっすらと涙が。
これが鬼の目にも涙というやつか。
地獄の鬼に哀れまれるとはこれからゆくところはどれほど恐ろしいところなのか先が思いやられる。
しかしいいんだ。実はこの先どんな試練が待ち受けているのか楽しみで仕方がない。
激闘の地獄歩きの始まりだ!
ここは等活地獄。
マグマのような池で人がゆでられていて何かもうしょっぱなからクライマックスのような感がある。
衆合地獄。
これは真の姿を映す鏡。
もし、ここにくることがあったら是非自分の姿をうつしてみてほしい。
ここは黒縄地獄だったか。もうそのへんで普通に人がバラバラになっている。
どんどん過酷になってゆく地獄。もう限界だ!1人にしてください!
さあ、判決の時はきた!
私はいったいどの地獄に送られてしまうのか!今、私の胸は恐怖で破裂寸前だ!
満面の笑顔の泰山王!判決は極楽直行に決定!!
よし!六道輪廻というメビウスの環から抜け出すぞ!
JGT(地獄極楽トレイル)スルーハイク完了!
鬼さんが満面の笑みで見送ってくれる。これまでの恐ろしい顔は仕事用で、本当は私が地獄に落ちずに無事ここまでこられたことをこんなに喜んでくれているのだ。
胎内くぐり。
鈴を鳴らしながら歩いてゆく。
北海道の山道にも鐘が置いてあるところがあった。これもヒグマ対策だろうか。
だんだん極楽に近づいてきた感じがするぞ。
極楽は宇宙のかなた。ずいぶんと遠いがここまできて極楽を見ずに帰るという選択肢はない。
ついに極楽が見えてきた。
「温度ハワイと同じ 寿命永遠
家賃、敷金、礼金ナシ
衣類、食事、全部タダ」
天国かよ!
まるで実家のようす。
ここまで歩いてこられた私には極楽への入居資格があるはずだが、どうも極楽は天国すぎる。
なんだか私にはまだ早いようだ。
極楽のオーナーである阿弥陀様には悪いが、人間界へ戻ってもう少し精神修行を積むとしようか。
極楽はおみやげコーナーも充実しているのでおみやげに困ることもない。
こうして私は不思議な旅を終えて再び人間界へ戻ってきたのだった。
さあて、そろそろ夕方だ。今夜のねぐらを探しにもう少しがんばって自転車をこいでゆくとしようか。
おわり
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