Reunion 還らぬ時と郷愁

コンビニに足を踏み入れた瞬間、強烈な臭気にヒロシは思わず顔をしかめた。
「ぷん!とくっせえ」
頭がくらくらする。自分は誰で、ここで何をしているのか? 存在の根底を揺さぶる不安がSierraの激流のようにヒロシを飲み込んだ。
「ああ、この感じ、……来てるね」

恐る恐るイートインに目を向けると、こちらに向かってサムアップする男の姿があった……

男の話はいつ尽きるとも知れなかった。
帰国したので飲もう、というのがイートインで持参したお茶を飲むことだったとは、薄々感じていたとはいえ、アメリカの土産話よりもヒロシには余程カルチャーショックだった。

「マルチャンにマッシュポテト? その発想はなかったなあ」
語尾をオウム返しにする相槌は、興味がないことを隠すには意外に効果的な反応だ。
ヒロシは適度な相槌を打ちながら、男の今の人格が〈おっさん〉ではないことに安堵していた。

男の話はなおも熱を帯びて、サラリーマンという生き方が、ひいては労働がいかに人生の浪費であるかを捲し立てている。
ヒロシは店員の険しい視線を背中に感じつつ男の話にうなずきながら、こういう自分の対応がサラリーマン生活を通じて身に付けた処世術、というよりは最低限の社会性だと知ったら男はどんな顔をするだろうかと思った。
こんなやり取りが男のブログでは「話に花が咲いた」ことなるのかと思うとヒロシは暗澹たる気持ちになる。
男の人生の登場人物――
むせ返るような臭気の中で、ヒロシは自分のこれまでの人生が霧散していくような不安に駆られていた。

「ガタガタ言うなや、ボケ! 文句があるならここまで来い!」
突然、レジの店員に向かって激高する男を見ながら、ああ、〈おっさん〉が怒り出してしまった、とヒロシは他人事のように思っていた……

ほどなくして駆けつけた定年間近の警官と店長が民事不介入がどうとか言っているのをヒロシはぼんやりと聞いていた。
婦警のほうはおっさんの剣幕に体調を崩した店員に寄り添っている。
人の体調だけはどうすることもできない、と当たり前のように考えている自分にヒロシは慄然とした。
何かがおかしい。それが何であるのかわからないことがさらにヒロシの不安を掻き立てた。

ガラス窓の外はすっかり暗くなって明るい店内を映し出してい店員の様子が落ち着いたのを見届けると婦警がヒロシのほうを向いて訝るように聞いた。
「あなたは、ホームレスなの?」
意味が分からなかった。自分は人生の半分以上を勤め人として過ごしてきた。それをいうなら……
ヒロシは男のほうを振り返ったが、男の姿はなかった。
る。
頭の中がグチャグチャだった。

もう一度振り返る。
ガラス窓に映る警官とおっさん……
ヒロシはすべてを理解した。

ああ、この自分も〈おっさん〉同様、男の中の人格の一つに過ぎなかったのだ、と。
妙に冷めている自分がいた。もう不安はなかった。これならいつでも走れる。心の底からそう思った。

はい、自分は紛れもなくおっさんです!

ガラスの中の〈おっさん〉にうなずくと、ヒロシは、いや、〈おっさん〉は決然と警官に向き直り、声が嗄れるまで怒鳴りつけた……

おわり

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